【ふたりといた時間】第18話:またたび食べて酔っ払い事件

短編小説

またたびをあげてみようと思ったのは、ある日ふと読んだ本に”猫のストレス解消になる”と書いてあったから。

仕事で家を空けることが多い私は、ふたりに寂しい思いをさせているかもしれないと、ずっとどこかで気にしていた。
せめて、ほんの少しでも気晴らしになればいいなと思ったのだ。

最初に差し出したのは、粉末タイプのまたたび。
ひとかけら指先に乗せると、独特な香りがふわっと立ちのぼった。

警戒心の強いはなは、目をまんまるにして最初こそ「なにこれ?」と遠巻きに見ていたけれど、やがて恐る恐る近づいて、クンクンと匂いをかぎ……そして、ペロリとひと舐め。

その直後だった。

「にゃっ、にゃっ〜、うぉーん!」

それまでおとなしかったはなが、急にぱたぱたと走り出した。
いつもの慎重な足取りではなくて、ちょっとだけ獲物を狩るような……でも、それとはどこか違う不思議なステップ。
部屋の隅まで行って、くるっとUターン。何かを訴えるように、もう一声「うぉーん!」

ほんのちょっとハイテンションなはな。
いつもと違うテンポで動くその姿が、どこかくすぐったくて、私は思わず笑ってしまった。

……が、ぶんは、というと。

こっちはもう完全に、別の生き物になっていた。

またたびを鼻に近づけた途端、目の色が変わったように見えた。
ぺろっと食べたその瞬間——

「にゃぉぉおおおおっ!!」

低い声を出しながら、床に体をすりすりすりすりすり……!
お腹を見せてゴロンとひっくり返るやいなや、今度は仰向けでじたばた。
前足と後ろ足を交互にバタバタさせて、床をバンバン蹴って、またゴロンゴロン。

まるで、ラグの上で暴走族でもやっているかのようだった。

私は唖然として、その様子を見ていた。
でも、不思議と怖くはなかった。むしろ、楽しそうで、気持ち良さそうで、なにより——

『ぶん、そんなに……きもちいいの?』

つい、そう声をかけていた。

『まるで……酔っぱらいだね、ぶん』

私はそっとしゃがんで、そうはなに話しかけた。はなはというと、もう酔いが覚め、ぶんの様子を少し心配そうに見つめている。

『またたび、そんなに気に入ったんだね』

ぶんは興奮気味に喉をぐるぐる鳴らしていた。私は思わずぶんの体を撫でた。興奮状態のぶんは、私の腕を軽く引っかいてきたけど。
そしてぶんは、へにゃっと力が抜けて、そのまま床に沈み込んでいった。

酔っ払い、完成w。

私はふたりが気分転換できたのならと、ほっと胸を撫で下ろした。

それからというもの——
またたびは、ふたりの“ちょっと特別なおやつ”になった。

だけど、あの日のぶんがごろんごろんと転がった姿だけは、なぜか今も鮮明に覚えている。思い出すたびに、胸の奥が、きゅっとする。

それでも。

たぶん、あのときのぶんは、本当に楽しかったんだと思う。
だから私は、何度でも思い出す。
そっと笑って、ふたりの思い出に浸るのだった。

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