【ふたりといた時間】第2話: はな?ぶん?はじめまして。

短編小説

今思えば——
あの頃の私は、ちょっとした人生の転機の中にいたのかもしれない。

新しい仕事を始める直前で、期待と不安がごちゃ混ぜになってて。
落ち着かない日々が続いてた。

なんていうか……
心の中がザワザワしてて、そこに風を通したいような、そんな気分。

『誰かがそばにいてくれたらなぁ』
——あたたかい存在に、そっと寄り添ってもらえたら、どれだけ救われるんだろうって、フッと思った。相変わらず調子の良い私w。

ちょうどその頃、インターネットでは猫を飼い始める人がどんどん増えてて。
SNSでも、ブログでも、かわいい猫たちの写真がたくさん流れてきていた。

あれ、すごいんだよ。
ただ見てるだけなのに、気持ちがフッと軽くなる感じがして。

『動物と暮らしたら、いまの私にちょうどいい刺激になるかも』
そんなふうに思った矢先だった。

「子猫、見てみない?」
そう声をかけてくれたのは、亜希子さんだった。

近所に住んでいて、獣医さん。しかも、家まで来てくれる訪問診療専門。
昔から動物に優しくて、町内の人たちにも信頼されてる人だった。

猫の話になると目尻がキュッと上がって、独特の猫感を持っている。
でもそれが、なんだか安心できた。

「ちょうど7匹、産まれたばかりでさ。もし気になった子がいたら、連れて帰ってもいいよ〜」
そんな風に、やさしく言ってくれた。

……今思えば、これが運命だった。

すぐに会いに行った。
そこには、ちいさな命が七つ。わちゃわちゃとじゃれ合って、ピーピー鳴いてて。
すでに、子猫たちの小さな小さな世界ができてた。

その中に、ひときわ小さくて、ふら〜っとよろけながら歩いてくる子がいた。

その子、私を見つけるや否や、真っ直ぐにこっちへやって来てくれて。
猫に慣れてない私の前で、ふにゃっと座った。

「にゃー」って鳴いてるんだけど、声がね、聞こえないの。
でも、口元がちゃんと動いてて、一生懸命に何かを伝えようとしてるのが伝わってきた。

その姿に、胸がきゅってなった。

……これが、“はな”との初めての出会い。

そばで見ていた亜希子さんが、ぽつりと言った。

「この子、ちょっと体が弱いの。もしかしたら、長くは生きられないかもしれない…」って。

その言葉、今でもはっきり覚えてる。
まるで、出会いと同時に別れも差し出されたような、そんな不思議な感覚だった。

でも、不思議と怖くはなかった。

むしろ、『この子を連れて帰りたい』って、自然に思った。

……ただ、この子ひとりじゃ寂しすぎるかもしれないって、フッと頭をよぎった。

もうひとり。もうひとり迎えようと。

それで目に留まったのが、向こうでごはんを勢いよくかき込んでる元気な子。

たくましく食べてるのに、なぜか人間には距離を置いてて。
私と目が合った瞬間、押入れにダッシュで逃げちゃってw。

『え、どこ行ったの……?』

そーっと覗いてみたら、押入れの奥でちいさく固まってる。
思いきって、ごはんを手に持って近づいてみて、『食べる?』って声をかけたら……くんくん、ぱくっ。

完食。びっくりするほど素直(笑)

それでも、押入れから出てくる気配はなくて。

正直言うと、『今の私ならこの子は選ばないかもな』って思った。

でも、不思議とそのときは迷いがなかった。

——この子だ、って。

それが、“ぶん”。

あとから考えたら、「元気な子がいい」とか「甘えん坊がいい」とか、そういう希望が少しでもあったら、このふたりは選ばなかったかもしれない。

でも、あのときの私は、ただただ心に正直だった。

そして、その心が『このふたりだ』って、教えてくれたんだと思う。

「いい組み合わせね」
亜希子さんが、静かに微笑んだ。

こうして、“はな”と“ぶん”が私の家にやってきた。

小さくて、頼りなくて、
でも、かけがえのない日々の、はじまり。

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