【ふたりといた時間】第25話:特別な日じゃないけれど

はなとぶんの時間

誕生日は、よくわからない。

実は、はなもぶんも、正確な年齢はわからない。
亜希子さんから譲ってもらったとき、誕生日はいつ?なんて頭にはなかったのだ。
だから、はなとぶんの年齢は、あくまで憶測のものだ。

あとになって改めて「生まれた日、覚えてる?」と聞いてみたけど、
亜希子さんは少し笑いながら「うーん、忘れちゃった」と。
……ですよね〜、という感じ。

譲ってもらったときに聞いておけばよかったなと、ちょっぴり後悔した。

何の記念日でもない、ただの平日。
でもその日の帰り道、ふと私はケーキを買って帰った。

はなとぶんは食べられない。
それでも、一緒に過ごしてきた日々のなかで、「今日」を祝いたくなった。

スーパーで買った、小さなショートケーキ。
ビニール袋を提げて玄関を開けると——

足元に、はなとぶんがぴょこりと現れた。

私の顔を見て安心したのか、ふたりそろって伸びをして、
まるで「おかえり」と言ってくれているようだった。

『今日はね、記念日なんだよ』

そうつぶやきながら、ケーキをテーブルの上に置く。

はなは匂いをクンクンかいで、すぐにぷいっと横を向いた。
ぶんは横からそっと手を伸ばしてきたけれど、
『だめだよー』とお皿を引き寄せると、しぶしぶ手を引っ込めた。

『ありがとう』
私は、小さな声でつぶやいた。
誰に聞かせるでもなく、ただ心のなかで。


猫たちと暮らすようになってから、私は少しずつ変わったと思う。

昔の私は、正直言って「自分のためだけに生きていた」。
それが悪いことだとは思わない。
でも、今はちょっとだけ違う。

朝起きるのも、夜早く帰ってくるのも、
「待ってくれている存在がいる」って思えるから、できること。

自分の好きな時間にごはんを食べて、好きな場所で寝る。
そんな時間が、いつの間にか——
ふたりのちょっとした気まぐれに左右されている。

それが、不思議と心地よい。

はなとぶんがいたから、私はちゃんと「生活」している。
今思うと、そう感じられるようになった日が、
どれほど自分を変えていったのか、もう数えきれない。


記念日って、べつにカレンダーに印をつけなくたっていいのかもしれない。

特別な日じゃないけれど、
ふと「ありがとう」と言いたくなる日が、人生にはたしかにある。

そして——
それこそが、いちばん大切な日になるのかもしれない。

はなも、ぶんも、
今日はいつも通り、ごはんを食べて、少し遊んで、好きな場所で眠っていた。

何も変わらない、何も起こらない、ただの一日。
でも——

私の心には、小さなロウソクの火のように、静かな光がともっていた。

『ありがとう。うちに来てくれて』

心の中の記念日は、きっと、ずっと消えない。

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