【ふたりといた時間】第28話:はじめての病院

はなとぶんの時間

車での移動なんて、はなとぶんにとっては引っ越し以来の大冒険だ。
人間でいえば、満員電車で遠くの町へ旅するくらいの出来事かもしれない。

はなとぶんは、ふたりでひとつ。
はなをひとりで通院させるのは心配だったけれど、ぶんが一緒にいてくれれば、それが何よりの心の支えになる。だから、ふたりそろって病院に行くことに決めた。

車の後部座席は、すっかり“ネコ仕様”。
シートを倒して、ふたりのための居住スペースを作った。
ネコ用トイレに、はながいつも気に入っているソファの膝掛け。
クッション代わりにヨガマットも敷いて、「いつもの匂い」で満たしていく。

にゃーにゃー騒ぐふたりをキャリーに入れて、いざ出発。
はなもぶんも、大騒ぎだった。

「みゃう!」「んにゃーっ!」
それぞれに何かを訴えるように鳴きながら、車の揺れや外の風景に興奮気味。
特に、ぶんは動く景色を目で追いながら、キャリーの中をそわそわと動き回っていた。

だけど、10分ほど経ったころだったか、ふたりともふいに静かになった。

キャリーの窓から外をのぞいて、じっとしている。
光の線が動くのを目で追うように、ふたり並んで景色を見つめていた。

『……はな、元気だね。』

そう声をかけると、はなが「にゃ」と小さく鳴いた。
まるで「ちょっと楽しいかも」って言ってるみたいに。

 

病院に着くと、ふたりの反応はまた一変した。
知らない匂い、見たことのない壁や床。
どこか緊張した様子で、キャリーの奥に身を縮めていた。

その日は遅い時間だったこともあり、待合室は誰もいなかった。
看護師さんに相談して、キャリーから出しても大丈夫と許可をもらった。

私はそっとふたりを外に出す。
はなとぶんは、そろりそろりと足を踏み出しながら、院内を探検しはじめた。

「ここは安全か?」「なんか怪しいぞ……」
そんな声が聞こえてきそうなほど、こそこそと歩きながら、
まるでヒソヒソ声で話しているようだった。

私は受付を済ませ、少し離れたベンチからその様子を静かに見守っていた。

 

診察室では、先生がとても丁寧に診てくれた。
はなの身体は健康そのもの。
体温も心音も、関節の動きにも問題はない。

「ただ……」
先生が、ふと声のトーンを落とした。

「血液検査の数値には問題ありません。
でも、頭の中に、何か原因があるかもしれません」

一瞬、時間が止まった気がした。

「レントゲンを撮るには麻酔が必要です。でも、はなちゃんの年齢では負担が大きすぎるかもしれません。仮に原因がわかったとしても、手術に耐えられる体力は……もう、あまり残っていません。
全身麻酔で亡くなってしまうこともあります。まだ若い猫であれば、選択肢は広がりますが……」

先生は少し言葉を選びながら、続けてくれた。

「今の段階では、月に一度のステロイド点滴で様子を見ていくのが、一番いいと思います。
亜希子さんにお願いして、しっかりサポートしていきましょう」

 

帰り道。
はなは、行きよりもずっとご機嫌だった。

キャリーの中で、時おり尻尾をふりふり。
車の窓越しに流れていく景色を、じっと眺めている。

ぶんも、安心したように丸くなって、静かにうとうとしていた。

『大丈夫だよ』
私は心の中で、ふたりにそう何度もつぶやいた。

——たしかに、不安はある。
だけど、それよりもまず、病院に行って話を聞けたことが
安心につながった。

ふたりが元気でいてくれること。
そして、これからの道すじを見つけられたこと。

それだけで、今日はもう十分だった。

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