夜、ふと目が覚めた。
それは、どこか遠くから聞こえるような、ぶんの鳴き声だった。
——いつもの巡回。
毎晩、相変わらずぶんは家の中をぐるっと歩きながら、「んあお〜ん」と狼みたいに鳴く。
まるで家全体に「見守ってるよ」と言っているみたいに。
でも、その夜の声は、なぜか遠く感じた。
耳には届いているはずなのに、心には届かないような、静かな鳴き声だった。
少しだけ小さくて、少しだけ寂しげで。
——きっと、それは私の心がそう聞かせたのかもしれない。
心にかかる霧みたいなものが、ぶんの声の輪郭をぼやけさせていた。
はなの体調は、日に日に変わっていった。
変わるというより、“少しずつ削られていく”というほうが近い。
ごはんの時間になると、まだ反応はある。
カリカリも、おいしーのも、ほんの少しずつだけど口に運んでくれる。
でも、食べ終わるとふらついて、その場に吐いてしまう。
いつもならぴょんと飛び乗っていた押し入れのベッドにも、今ではもう届かない。
ジャンプして入り損ねたはなが、そのまま押し入れの中に倒れ込んだ。
ぶつけたのか、驚いたのか、はなは突然、泣き叫んだ。
「にゃあおオ〜〜ん!」
小さな体から、こんなに大きな声が出るなんて——
私はすぐに駆け寄り、震える体を支える。
あの日と同じように、そっと撫でながら何度も声をかけた。
『大丈夫、大丈夫だよ、はな』
この言葉を何度も繰り返しているのは、はなを安心させたいからなのか。
それとも、自分に言い聞かせたいからなのか。
その境界が、だんだん分からなくなっていく。
亜希子さんに相談して、点滴は毎日にしてもらうことにした。
毎日、少しずつ体に水分と薬を入れていく。
はなは、もう針を刺されるのにも慣れたみたいで、
じっと、おとなしく受けてくれるようになった。
そして点滴が終わると、決まって私のそばにやってきて、ぴょこんと座る。
まるで、「終わったよ」って報告するように。
そのあと、コテンと横になって、静かに眠りはじめる。
その姿を見て、亜希子さんがぽつりとつぶやいた。
「……ほんと、相思相愛だね」
私は笑ってうなずいたけれど、
その言葉の重さに、胸がぎゅっと締めつけられた。
はなの目に映る世界は、今、どんなふうに見えているんだろう。
私の姿も、ぶんの姿も、ちゃんと見えているのかな。
声は、まだ届いているのかな。
もし、この世界が少しずつ遠ざかっているのだとしたら——
せめてその時間を、安心で満たしてあげたい。
不安や痛みが、少しでも少なくあってほしい。
私は、今日もそっとつぶやいた。
『大丈夫だよ、はな』
それが、祈りではなく、誓いになるように。

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