はなは、今日も「元気だよ」って顔で寄ってくる。
ぶんもそのあとを追いかけてくる。
まるでいつも通りの朝が、何の変哲もなく始まっていくみたいに。
——でも、私は知っている。
はなの呼吸が、朝方に少し苦しそうになること。
寝ている時間が、前よりずっと長くなったこと。
そして、気がつくと、フローリングの床にぺたんとスフィンクス座りしていること。
『冷たいところのほうが、楽なのかな?』
そう思いながら、声には出せず、見つめることしかできない。
寄り添ってきたそのぬくもりに、私はぎゅっと胸を締めつけられる。
——がんばってるの、知ってるよ。
でも、それを知らないふりするのが、いちばんつらいんだ。
ある朝、ふと気づいた。
はなは、自分から階段を降りようとしなくなっていた。
気持ちはあるんだと思う。だって、階段の上に座って、じっと下を見ていることがあるから。
でも、もう降りられないって、はな自身が分かっているのかもしれない。
猫ツリーにも登らない。
押し入れに置いたピンク色の猫テントにも行かない。
行こうとしてジャンプに失敗した日から、はなはそれらを避けるようになった。
『できなくなったことを、ちゃんと覚えてるんだね』
そう思ったら、なんだか泣きそうになった。
以前、亜希子さんが教えてくれたことがある。
「猫には“良くなる”って概念がないの。
今の身体の状態を踏まえて、“じゃあどうしようか”って考えるの」
そのときは、「へえ、そうなんだ」くらいにしか思わなかった。
でも今、その言葉の意味が、少しずつ沁みてくる。
はなは、ちゃんと今日を生きている。
無理はしない。
飛ばない、登らない、降りない。
でも、ちゃんと食べるし、甘えるし、そして、ぶんがそばにいる。
私は、何をしてあげられるんだろう。
“できなくなったこと”を悲しむより、
“今できること”を、そっと支えるだけでいいのかもしれない。
——そう思っても、ときどき私は弱くなる。
はながスフィンクス座りで床にいると、寒くないかと心配になる。
そっと膝掛けを寄せてみたり、低い位置に猫テントを置いてみたり。
でも、はなはじっとそのまま動かず、ただ前を見つめている。
それは、強さなのか、あきらめなのか、悟りなのか——
もう私には、分からなかった。
『はな、つらくない?』
ときどき、心の中でそう聞く。
『大丈夫。大丈夫だよ』
そう返ってきそうな気がして、怖くて、それ以上聞けなかった。
はなが“がんばっている”ことを、私はちゃんと分かっている。
でも、すべてに気づいてしまったら、自分が崩れてしまいそうで——
私は知らないふりをする。
それが、いちばんつらい。
でも、はなのそばにいることだけは、絶対にやめない。
毎日点滴して、毎日声をかけて、できるだけ笑って過ごす。
“今を踏まえて、どうするか”——
それを、はなと一緒に考えていこうと思う。

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