【ふたりといた時間】第39話:小さな息の終わり

はなとぶんの時間

はなの小さな体を、あの人が抱きしめている。
泣きじゃくるように、喉を詰まらせながら——

『はな。はなと過ごせて、本当に幸せだった。ありがとう。楽しかったよ。出会ってくれて、本当にありがとう……はなぁ……!』

“はな”と何度も、何度も呼びかけて、崩れるように泣いていた。
私はその様子を、少し離れたところから、ただ見ていた。

そして、はなに近づこうと一歩踏み出しかけたその瞬間——
足元に「にゃあ〜、にゃあ〜」と、鳴きながらすり寄ってきたぶんの姿があった。

ぶんが私のまわりをウロウロと歩きはじめる。
私ははなに近づこうとしているのに、なぜか行けない。
その小さな存在が、まるで何かを止めるようにまとわりついてきた。

私はそっと、ぶんを抱き上げた。
胸にあたるあたたかさを感じながら、ぽつりとつぶやいた。

『……はなは、今、まりね〜と一緒にいるからね——』

その言葉は、不思議と自然に口からこぼれ落ちた。

すると、まわりの景色がふわりと白く光に包まれて、
すべてが、静かに、静かに広がっていった——

***

目を開けると、天井の白い壁がぼんやりと霞んで見えた。
涙が、頬を伝っていた。
どうやら夢を見ながら、泣いていたらしい。

胸の奥に、まあるく空いた穴のような感覚が、ぽっかりと残っていた。

夢に出てきた、あの人の顔を思い出そうとした。
さっきまで夢の中にいて、確かにそばにいた“もうひとり”。
けれど、その顔だけが、どうしても思い出せない。

なぜか懐かしくて、心がぽっとあたたかかった。
あれは夢だったのか、それとも——
どこか別の世界の、ほんとうの出来事だったのか。
そんな不思議な感覚が、ずっと胸の奥に漂っていた。

ふと、隣を見る。

そこには、冷たくなったはなの体が、静かに横たわっていた。

現実が、ゆっくりと、音もなく押し寄せてくる。
さっきまで抱きしめていた小さな命が、今はもう動かない。
呼吸もしない。
返事もしない。

部屋の中には、はなの残像があちこちに漂っていた。
お水を飲んでいた場所。
こたつの中のお気に入りのブランケット。
トイレの前に敷いた小さなマットでさえ、はなの体温を残しているように思えた。

私は、立ち上がることができなかった。
胸の奥が重たくて、何かがじわじわと染み出してくる。
その波を、ただ黙って受け止めることしかできなかった。

——そして。
ぶんのことが、気がかりでしかたがなかった。

いつもはなにくっついて、寝て、遊んで、寄り添っていたぶん。
そのぶんは、これから、大丈夫だろうか。
突然はながいなくなって、あの静けさに耐えきれず、壊れてしまわないだろうか。

私は、ぶんの名前を呼ぼうとした。
けれど、声が出なかった。

ぶんはどこかの部屋で、今もじっとしているのだろうか。
それとも、すでに何かを感じ取っていて、
自分なりに、そっと悲しみを受け止めようとしているのだろうか。

はなの死の悲しみに加えて、ぶんのこれからが心配で——
私は、どうしても体を起こすことができなかった。

静かな朝。
世界のすべてが止まったような、あの夜の続きだった。

——そして、物語は“明日”へと、そっとつながっていく。

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