『ん……』
布団の中、まぶたの裏にやわらかな光を感じながら、私はごそっと身をよじる。まだ眠っていたい気持ちと、ほんのり感じる“気配”とがせめぎあってる——そんな休日の朝。
すると。
「ぺしっ」
……え? 今の、何?
もう一度まぶたを閉じようとした、その時だった。
「ぺしっ……ぺしっぺしっ」
——また来たw
はなが、顔にそっと爪を隠した猫パンチを繰り出してくる。
痛くもなんともない、むしろ、やさしくてくすぐったいくらいの強さで。
たぶん、「起きてー」っていうより、「遊ぼっ」とか「おいしいのちょーだい!」ってことなんだと思う。
でも、こっちは起きたてで頭がボーッとしてるからさ。
『はなぁ、なでなでで勘弁して〜』って言いながら、寝ぼけまなこで撫でてあげる。
はなはそれで満足そうにのどを鳴らしながら、どすんと枕元に腰を落ち着ける。
そんな“我が物顔の猫”の横で、フッと気づくと、ぶんも来ていた。
タンスの上のテントから、ひょこっと顔だけ出して——
目が合うと、「にゃ」って、小さくひと鳴き。
はなほど積極的に付きまとったりはしないけれど、でも確実に、ぶんも一緒に来てくれるようになった。
『ぶんも……きたの?』
私がそう声をかけると、ぶんはほんの少しだけ頭を下げるようにして、足元に寄ってきた。
その日、はじめて私ははっきり思った。
——ああ、ぶんが心を開いてくれたんだ。
私が手を伸ばすと、逃げるどころか、ぶんは自分からすりっと寄ってきて。
小さなその頭を、私の手のひらにすっと預けてくれる。
たぶん、あのときの私は、あまりに嬉しすぎて、声にならなかったと思う。
はなとぶんが私の家に来て、もう数ヶ月。
それまで、ぶんはずっと警戒心を解かないままでいた。
でも、少しずつ、すこしずつ。
気づけば、ぶんは押入れにダッシュすることもなくなっていて。
それどころか、私のいる部屋の隅で静かにくつろぐ姿も、見かけるようになった。
いつからだったかな?
ぶんが、自分の居場所をここだと認めてくれたのは。
猫ベッドでくるんと丸くなるはな。
隣のテントの中から顔を出すぶん。
そうやって並んでタンスの上にいるふたりを見るたびに、胸がじんわりあたたかくなる。
夜になると、ぶんは相変わらず「ウォーン」と低めの声で鳴きながら、部屋中を走り回る。
寝ようとしてる私の横を、風のように駆け抜けていくたび、『うるさい〜』ってぼやいてたけど。
でも、最近気づいたんだ。
あれは“ナワバリを守ってる”っていう、猫なりの巡回なんだって。この間、猫の本で読んだ。
——この家を、自分の場所として守ってくれてるんだ。
それを知ってからは、夜のその音さえも、ちょっと誇らしく聞こえるようになった。
朝起きるとき、そっと顔を撫でてくれるはな。
隣で遠慮がちに寄り添ってくれるぶん。
彼らの存在が、ただそこにあるだけで。
それだけで、この場所はあたたかくて、愛しい居場所になる。
そして、なにより嬉しかったのは——
ぶんが自分の意思で、私のそばに来てくれたこと。この子は、無理に心を開かない。でもちゃんと、信じた人にだけ、静かに近づいてくるんだろうな。
ゆっくり、自分のペースで。
ぶんが私に、心を開いてくれたんだと思う瞬間だった。
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