朝、バタバタと身支度をしている私の背中を、ふたりは見ていない。
……というより、朝のバタバタしている私に、ふたりは全く興味がない。
ぶんは朝4時からの巡回で力尽き、押入れの奥で爆睡中。はなはというと、ひとしきり甘えて満足したのか、こたつの掛け布団をうまくソファがわりにして、スヤスヤと寝息を立てている。
『……行ってくるね』
そっと声をかけても、返事はない。
でも、それでいい。
こうして安心して眠ってくれているのが、なによりうれしい。
*
私が出かけたあとの静かな部屋。
時間の流れが少しゆっくりになる。
やがて、はながふわりと目を覚ます。
のびをひとつして、お気に入りの窓辺に向かう。
小さな身体でぴょこんと座るその姿は、まるで街を見下ろす見張り番のよう。
――今日は、あれが気になる。
目をまんまるにして見つめていたのは、田んぼに降り立った一羽のスズメ。
ときどき、じーっと凝視したかと思えば、ちょっとだけ背中の毛を逆立てて威嚇したりもする。けれど、飛びかかるわけでもなく、ただそこ一点を観ているだけ。
きっと、はなにとって窓の外の世界は、まだ知らないものがたくさん詰まった宝箱だった。
*
その様子を、少し離れた場所からぶんが見ている。
はなのいるところは、いつだって気になる。
とことこと歩いていって、はなの隣を陣取ろうとするも……。
「そこ、もうはなの場所ですー」
はなの小さな体で先取りされている。
ぶんは一瞬考えて、ふにゃ、とあきらめる。
けれど、次の日になると、ぶんはまたそっとその窓辺に座ってみる。
スフィンクスみたいに前足をそろえて、目を閉じながら、じんわりと太陽の光を受ける。
その姿はまるで、「はなみたいに、ぼくもそこにいたい」とでも言ってるようだった。
はなが見つけた場所に、ぶんがあとからそっと入り込む。
そしてはなはというと、また別の落ち着ける場所を見つける。
まるで、椅子取りゲームのようなふたりの毎日。
*
ふたりの時間は、驚くほど静かで、穏やかだった。
起きてくるといえば、カリカリを食べたり、トイレに行ったり、水を飲んだり。
ときどきおもちゃのボールを転がして遊んでいたり、猫の大運動会が開催された形跡も……帰宅したら絨毯がめちゃくちゃだったこともあったっけ。
だけど、ふたりの顔は決まってこうだ。
「え?なにか?」
何事もなかったかのような、しれっとした顔で。
それがまた、なんともいとおしかった。
*
そして、夕暮れ。
私が玄関を開けると、最初に走ってくるのは、はな。
「おかえり!おいしーの!」って、全身でにゃーにゃー言いながら。
そのうしろに、ちょっとだけ距離をあけてぶんが顔を出す。
はなの背中を見ながら、ちょっと勇気を出して出てきたような顔。
でもそのうち、ふたり一緒に「おいしーの!!」って合唱するようになるんだ。
そんな毎日が、あの頃のふたりとの、あたりまえの風景だった。
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