【ふたりといた時間】第8話:お気に入りの窓辺

短編小説

朝、バタバタと身支度をしている私の背中を、ふたりは見ていない。

……というより、朝のバタバタしている私に、ふたりは全く興味がない。

ぶんは朝4時からの巡回で力尽き、押入れの奥で爆睡中。はなはというと、ひとしきり甘えて満足したのか、こたつの掛け布団をうまくソファがわりにして、スヤスヤと寝息を立てている。

『……行ってくるね』

そっと声をかけても、返事はない。

でも、それでいい。
こうして安心して眠ってくれているのが、なによりうれしい。

私が出かけたあとの静かな部屋。

時間の流れが少しゆっくりになる。

やがて、はながふわりと目を覚ます。
のびをひとつして、お気に入りの窓辺に向かう。

小さな身体でぴょこんと座るその姿は、まるで街を見下ろす見張り番のよう。

――今日は、あれが気になる。

目をまんまるにして見つめていたのは、田んぼに降り立った一羽のスズメ。
ときどき、じーっと凝視したかと思えば、ちょっとだけ背中の毛を逆立てて威嚇したりもする。けれど、飛びかかるわけでもなく、ただそこ一点を観ているだけ。

きっと、はなにとって窓の外の世界は、まだ知らないものがたくさん詰まった宝箱だった。

その様子を、少し離れた場所からぶんが見ている。

はなのいるところは、いつだって気になる。

とことこと歩いていって、はなの隣を陣取ろうとするも……。

「そこ、もうはなの場所ですー」

はなの小さな体で先取りされている。

ぶんは一瞬考えて、ふにゃ、とあきらめる。

けれど、次の日になると、ぶんはまたそっとその窓辺に座ってみる。
スフィンクスみたいに前足をそろえて、目を閉じながら、じんわりと太陽の光を受ける。

その姿はまるで、「はなみたいに、ぼくもそこにいたい」とでも言ってるようだった。

はなが見つけた場所に、ぶんがあとからそっと入り込む。
そしてはなはというと、また別の落ち着ける場所を見つける。

まるで、椅子取りゲームのようなふたりの毎日。

ふたりの時間は、驚くほど静かで、穏やかだった。

起きてくるといえば、カリカリを食べたり、トイレに行ったり、水を飲んだり。
ときどきおもちゃのボールを転がして遊んでいたり、猫の大運動会が開催された形跡も……帰宅したら絨毯がめちゃくちゃだったこともあったっけ。

だけど、ふたりの顔は決まってこうだ。

「え?なにか?」

何事もなかったかのような、しれっとした顔で。

それがまた、なんともいとおしかった。

そして、夕暮れ。

私が玄関を開けると、最初に走ってくるのは、はな。
「おかえり!おいしーの!」って、全身でにゃーにゃー言いながら。

そのうしろに、ちょっとだけ距離をあけてぶんが顔を出す。
はなの背中を見ながら、ちょっと勇気を出して出てきたような顔。

でもそのうち、ふたり一緒に「おいしーの!!」って合唱するようになるんだ。

そんな毎日が、あの頃のふたりとの、あたりまえの風景だった。

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