はなは、もう、今までみたいには歩けなくなってきた。
ゆっくりなら歩ける。だけど、すぐに座り込んでしまう。
ふらついて、転んでしまうこともある。
ほんの少しの移動も、きっと今のはなには冒険だ。
だから私は、ある日、そっとはなを抱き上げた。
『ちょっと、お散歩しようか』
家の中だけど、腕の中での“抱っこ散歩”。
それは、はなにとっても、私にとっても、新しい時間のはじまりだった。
はなは、もともと抱っこが苦手だった。
体を預けるのが好きじゃなくて、すぐに「いや」って顔をして逃げていた。
でもこの日は逃げなかった。
ちょっと戸惑ったような顔をしながらも、私の腕の中でじっとしていた。
——あれ?なんだか、軽い……。
そう思った瞬間、胸がきゅっと締めつけられた。
前よりもずっと、軽くなっている。
たぬきみたいに丸かった体は、今では骨ばっていて、驚くほど痩せていた。
でも、その“軽さ”の中に、確かな命の重みがあった。
しがみつくように、小さな前足が私の腕にふれていた。
『ほら、ここタンスの上。のぼったことなかったでしょ?』
『こっちはドライフラワー。壁の匂いもちょっと違うよ』
そう言いながら、私ははなを抱えて、家のあちこちを歩いた。
はなは、目をまるくしてキョロキョロ。
高いところから見る景色が新鮮なのか、匂いを嗅ぐ仕草を何度もしていた。
まるで子猫みたいに、少し興奮しているのが伝わってきて、私はつい笑ってしまった。
『楽しいね、はな』
『知らなかった景色、いっぱいあるね』
その瞬間だけは、はなも“弱っている子”じゃなくて、
ちゃんと“冒険している子”だった。
体は細くなっても、心はまだまだ、いろんなものを感じてる。
ちゃんと、生きてるんだ——そう思えた。
でも、ふとした瞬間、涙がこぼれた。
笑っているのに、涙が出た。
この子を抱きながら、泣かないつもりだったのに。
だって、今ここにいるはなは、
ちゃんと呼吸して、ちゃんと景色を見て、ちゃんと生きているのに。
『はな、本当は寂しいし、こわいよ。
もうすぐ、はながいなくなるなんて——
なんだよ、頭の病気って……身体は元気なのに。
強制終了させられてるみたいで……ごめんね、はな』
そんな後悔と、どうしようもない悔しさが、心の中で膨れ上がる。
私は思わず、ぎゅっと腕に力をこめた。
抱っこって、こんなに切なくて、あたたかいんだ。
その日から、はなとの“抱っこ散歩”が、私たちの新しい日課になった。
いつもの部屋も、はなの目線ならちょっと違って見える。
ふたりで見る世界が、また少し広がっていく。
この子の手の中に、ちゃんと“今”があることを、私は忘れないようにする。
——命の重さって、軽くなっていくものじゃない。
むしろ、軽くなればなるほど、心にずっしりと響いてくる。
はなを抱いている時間、私はそのことを、何度も思い知らされる。


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