【ふたりといた時間】第3話:ふたり、それぞれの性格

短編小説

玄関の鍵を回す。
かちゃり、という音が響くと――

「にゃーっ!」

ドアが開くよりも先に、あの声が聞こえる。

おかえり、って言ってるのか。
それとも、ただ遊びたいだけなのか…。

いや、たぶん両方。

靴を脱ぐ間もなく、足元にとことこ駆け寄ってくるちいさな影。

『ただいま、はな』

ちょこんと座って、上目遣いで見つめてくる姿に、いつもフッと笑ってしまう。
愛嬌のかたまり、とはまさにこの子のことだ。

でも、ドアの外で私が鍵を差し込んだ瞬間——
ぱたたたっと小さな足音が響いたかと思えば、別の影がどこかへと走り去っていった。

……そう、ぶんである。

帰宅の気配を感じた瞬間、押入れにダッシュで隠れに行くのだ。
ここまでくると、ある種のルーティンで、ちょっと面白くなってくる。

『ぶん〜、ただいまっ』

声をかけても、返事はない。
でも、押入れのすき間からひょこっと顔だけ出してこっちを見る。

……出てくる気配、なし(笑)。

今日は仕事でくたくた。
もう何も考えたくなくて、ソファにごろんと倒れこむ。

『あ〜〜〜〜……疲れた……』

体中の力が抜けていく。
ごはんも、着替えも、全部あとでいいや。今は何もしたくない。

そう思って目を閉じかけた、そのとき――

「にゃーっっっ!」

……きた。

どすん、と胸の上に飛び乗るはな。
おまけに、両手で私のほっぺをちょいちょいと引っかく。

「ねぇ、あそぼ」「ねぇってば〜」

とでも言いたげに、私の顔をじーっと見つめてる。

『……はなさん、今、わたし、充電中……』

だけど、もちろん伝わるはずもなく、
次の瞬間には、猫じゃらしのある場所まで一直線。
くわえて戻ってくると、今度は足元でうろうろ、うろうろ。

ああ、これは、完全にやるまで終わらないやつだ。

『わかった、わかった、遊ぶかっ!』

重い腰を上げて、猫じゃらしを振る。
しっぽをぴーんと立てて、それはもう全力で跳ね回る姿に、思わず笑ってしまう。

……ほんとに元気だなぁ。

一方、その喧騒の中にもまったく顔を出さず、静かに押入れに潜んでいるぶん。
夜中になれば、あんなに走り回るのに。

その静と動の対比が、まるで絵のようで。
でも、ふたりの距離感はいつも、悪くなかった。

はなが寝るとき、そっと寄り添うのはいつもぶんだった。
くっついて、ぴたっと並んで。

だけど、くっつきすぎると、はながふいにプイっと逃げ出す。

「うにゃっ!」

すると、追いかけるぶん。

結果、ちょっとした取っ組み合いが始まって——
たいてい、はなの首元に小さな傷が残る。

『ぶん、どうしてこんなことするの〜?』

そう言うと、押し入れの中で、ぶんはきまり悪そうに視線をそらす。
でも、その目はどこか切なげで。

たぶんね、本当はすごく甘えん坊なんだ。
だけど、自分からはそれをうまく出せない。

私がはなばかりに構ってると、ちょっと拗ねたようにこっちを見るときがある。
「ボクのことも見てよ」って言いたいのかもしれない。

性格は正反対だけど、
それでも、このふたりが揃っているだけで、部屋の空気はまあるくなる。

疲れた帰り道も、どんなに気持ちが沈んだ日も、
ふたりの姿を見れば、自然と笑ってしまう。

ああ、帰ってきたな、って思えるんだ。

この家には、ちいさな幸せが、いつもそっと待っててくれるから。

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