玄関の鍵を回す。
かちゃり、という音が響くと――
「にゃーっ!」
ドアが開くよりも先に、あの声が聞こえる。
おかえり、って言ってるのか。
それとも、ただ遊びたいだけなのか…。
いや、たぶん両方。
靴を脱ぐ間もなく、足元にとことこ駆け寄ってくるちいさな影。
『ただいま、はな』
ちょこんと座って、上目遣いで見つめてくる姿に、いつもフッと笑ってしまう。
愛嬌のかたまり、とはまさにこの子のことだ。
でも、ドアの外で私が鍵を差し込んだ瞬間——
ぱたたたっと小さな足音が響いたかと思えば、別の影がどこかへと走り去っていった。
……そう、ぶんである。
帰宅の気配を感じた瞬間、押入れにダッシュで隠れに行くのだ。
ここまでくると、ある種のルーティンで、ちょっと面白くなってくる。
『ぶん〜、ただいまっ』
声をかけても、返事はない。
でも、押入れのすき間からひょこっと顔だけ出してこっちを見る。
……出てくる気配、なし(笑)。
今日は仕事でくたくた。
もう何も考えたくなくて、ソファにごろんと倒れこむ。
『あ〜〜〜〜……疲れた……』
体中の力が抜けていく。
ごはんも、着替えも、全部あとでいいや。今は何もしたくない。
そう思って目を閉じかけた、そのとき――
「にゃーっっっ!」
……きた。
どすん、と胸の上に飛び乗るはな。
おまけに、両手で私のほっぺをちょいちょいと引っかく。
「ねぇ、あそぼ」「ねぇってば〜」
とでも言いたげに、私の顔をじーっと見つめてる。
『……はなさん、今、わたし、充電中……』
だけど、もちろん伝わるはずもなく、
次の瞬間には、猫じゃらしのある場所まで一直線。
くわえて戻ってくると、今度は足元でうろうろ、うろうろ。
ああ、これは、完全にやるまで終わらないやつだ。
『わかった、わかった、遊ぶかっ!』
重い腰を上げて、猫じゃらしを振る。
しっぽをぴーんと立てて、それはもう全力で跳ね回る姿に、思わず笑ってしまう。
……ほんとに元気だなぁ。
一方、その喧騒の中にもまったく顔を出さず、静かに押入れに潜んでいるぶん。
夜中になれば、あんなに走り回るのに。
その静と動の対比が、まるで絵のようで。
でも、ふたりの距離感はいつも、悪くなかった。
はなが寝るとき、そっと寄り添うのはいつもぶんだった。
くっついて、ぴたっと並んで。
だけど、くっつきすぎると、はながふいにプイっと逃げ出す。
「うにゃっ!」
すると、追いかけるぶん。
結果、ちょっとした取っ組み合いが始まって——
たいてい、はなの首元に小さな傷が残る。
『ぶん、どうしてこんなことするの〜?』
そう言うと、押し入れの中で、ぶんはきまり悪そうに視線をそらす。
でも、その目はどこか切なげで。
たぶんね、本当はすごく甘えん坊なんだ。
だけど、自分からはそれをうまく出せない。
私がはなばかりに構ってると、ちょっと拗ねたようにこっちを見るときがある。
「ボクのことも見てよ」って言いたいのかもしれない。
性格は正反対だけど、
それでも、このふたりが揃っているだけで、部屋の空気はまあるくなる。
疲れた帰り道も、どんなに気持ちが沈んだ日も、
ふたりの姿を見れば、自然と笑ってしまう。
ああ、帰ってきたな、って思えるんだ。
この家には、ちいさな幸せが、いつもそっと待っててくれるから。
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