短編小説

【ふたりといた時間】第9話:だっこはまだ、ちょっとこわい

ぶんが初めてこの家にきた日のことを、思い出していた。押入れの奥、布団に半分うずもれるようにして、じっと身を固くしていた。あの時のぶんは、どこか「近づいてくるな」と言いたげで——私はただ静かに、息をひそめるしかなかった。けれど今ならわかる。あ...
温泉と自然

【散歩日記】宝光社。静けさを探して

「戸隠、行ってみようかな」仕事の合間にふと浮かんだ言葉だった。今週は土曜も出勤だから、半休を取った。ただ休むだけじゃ、心が休まらない。だから、山に行こうと思った。宝光社までの道中で思った事誰にも会わずに、静かな場所で、無心で歩く。それが今の...
短編小説

【ふたりといた時間】第8話:お気に入りの窓辺

朝、バタバタと身支度をしている私の背中を、ふたりは見ていない。……というより、朝のバタバタしている私に、ふたりは全く興味がない。ぶんは朝4時からの巡回で力尽き、押入れの奥で爆睡中。はなはというと、ひとしきり甘えて満足したのか、こたつの掛け布...
短編小説

【ふたりといた時間】第7話:おそろいの首輪

あの日、たしか買い物ついでに寄ったホームセンターだった。おやつコーナーの隣に、ひっそり並んでいたペットグッズ。何気なく手に取ったのは、ピンクとグレーの小さな首輪だった。『おそろいにしたら、可愛いかもな…』レジに向かうときには、もうそのふたつ...
温泉と自然

【散歩日記】西福寺、何もないのに、すべてある場所

お昼ごろ。空は青く晴れていたけれど、湿気がすごかった。空気がぬるりと肌にまとわりついてきて、思わず「暑っ…」と声が漏れる。でも今日は、どうしても行きたかった。無性に――西福寺の空間に、もう一度浸りたかったのだ目的は御礼参り。でも、きっとそれ...
短編小説

【ふたりといた時間】第6話:ねこの夢薬(ゆめぐすり)

『ただいまー……あれ?』玄関を開けた瞬間、ちょこんと座っていたのは――はなだった。目をこすりながら、まだ夢の中にいるような顔で、ふわっとこちらを見上げる。『寝てたでしょ?w』はなは小さくあくびをして、あとは無言でしっぽだけふるふる。そのまま...
温泉と自然

【散歩日記】草津温泉より、思い出にあたたまる日と白根神社

早朝、お風呂グッズとお弁当をバッグに詰めて、勢いよく志賀高原ルートを車でぐんぐん走った。カーブの連続を気持ちよく抜けながら、『やっぱりここを走るの、好きだな』と思う。バイクも多かった。ロードバイクの人もいたけど、あの急坂はきっとしんどい。そ...
短編小説

【ふたりといた時間】第5話:ぶん、心を開くまで

『ん……』布団の中、まぶたの裏にやわらかな光を感じながら、私はごそっと身をよじる。まだ眠っていたい気持ちと、ほんのり感じる“気配”とがせめぎあってる——そんな休日の朝。すると。「ぺしっ」……え? 今の、何?もう一度まぶたを閉じようとした、そ...
グルメ

【カフェランチ】North South East Westの真ん中で

「梅雨入りしたのに…晴れてるw」車を降りると、じりっと焼けるような日差し。思わず顔をしかめたけど、日焼け止めを塗っておいたのは正解だったな、ってひとり頷いた。今日は、まさかの“上司とカフェ”。出勤前にぽつりと、「気分転換にどう?」なんて言わ...
短編小説

【ふたりといた時間】第4話:ごはん戦争、はなの巻

『ただいま……』その声が、私の一日の終わりの合図になったのは、いつからだっただろう。仕事は相変わらず慌ただしくて、あれやこれやと気を張る毎日。上手くいってるとはいえ、疲れはじわじわと体に染みついて、帰宅する頃にはヘロヘロで。靴を脱ぐだけでも...