『ただいま……』
その声が、私の一日の終わりの合図になったのは、いつからだっただろう。
仕事は相変わらず慌ただしくて、あれやこれやと気を張る毎日。
上手くいってるとはいえ、疲れはじわじわと体に染みついて、帰宅する頃にはヘロヘロで。
靴を脱ぐだけでも『はぁ〜……』って、思わず声が漏れてしまうほど。
でもね、玄関のドアを開けたその瞬間——
「にゃーん」
ひときわ高い声が、まっすぐに届いてくる。
その声が、どれだけ私を元気にしてくれたか。
最初は“はな”だけだったんだ。
足元まで駆け寄ってきて、尻尾をふんわり絡めながら「おかえり」って言ってくれている様で。
でも、数日経った頃からかな。
フッと気づいたら、“はな”のちょっと後ろにもうひとつ、小さな影ができてたの。
“ぶん”だった。
まだ完全には心を開いてないけど、押し入れに隠れることは減って。
昭和の夫婦みたいに、ひと足だけ“はな”の後ろに控えてる感じで、こっそり覗くようにして玄関の様子を伺ってた。
これが、かわいいったら、もうw。
『ぶん、ただいま。(出てきてくれたんだね)』
そう声をかけると、彼は目だけで答えてくれるの。
まるで、「まぁ、別に……迎えたわけじゃないし?」って、照れ隠しのような視線で。
で、その足元では“はな”が堂々と主張してくる。
「ねぇ、ごはんー。おいしいやつぅ〜」
って、まるで歌でも歌うように、玄関でスリスリしながらねだってくる。
『はいはい、わかってるよ。“おいし〜の”ね。』
私がキッチンへ向かうと、ふたりもぞろぞろとついてくる。
でも“ぶん”は途中で立ち止まるの。
テーブルの下や、リビングの隅っこでじっと私の様子を見ながら、出てくるごはんの気配をうかがってる。
『今日のメニューは……はい、焼きかつお!』
『はな〜、ぶん〜、ごはんだよ〜』
お皿を並べると、“はな”はもう全速力。
ガツガツ、もぐもぐ、ぺろぺろ……一瞬で完食。
そして次の瞬間には、となりの“ぶん”の皿にスライド移動。
『ちょ、はな、それぶんの!』
声をかけても、ふり返るだけで口は止まらない。
まるで「心配いらないよ、美味しくいただいてるから」って顔で、モグモグ、ゴックン。
“ぶん”はというと、というと……
「……」
小さく距離をとって、なんなら座り直しちゃってるし。
そんなやり取りが、うちの日常。
いわば、うちの“ごはん戦争”。
そのあと、仕切り直して“ぶん”の分をそっとぶんのところまで持っていくと。
でもそこでも、“はな”がわたし越しに
「わたしのぶん、忘れてるよぉ〜〜」
って雰囲気で鳴くんだよね。
いや、あげたってば汗。
お腹いっぱいになった“はな”は、満足そうに自分のベッドにぽふっと乗っかって。
“ぶん”はというと、定位置にすっと戻っていく。
押し入れの隅とか、テーブルの下とか。
まるで「ぼくはここでいいから」って言うみたいに。
完全に慣れてるわけじゃない。
でも、ちゃんとここを自分の居場所として受け入れてくれてる。
その気配を感じるだけで、私は胸があったかくなる。
『明日も仕事か……がんばろ』
私はそうつぶやいて、ふたりの寝息を聞きながら、
あたたかい空気の中、静かに目を閉じる。
それが、私の一日の締めくくり。
ちょっと不器用で、やさしい小さなねこと一緒に。
今日も、ほんのり幸せだった。
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