【ふたりといた時間】第4話:ごはん戦争、はなの巻

短編小説

『ただいま……』

その声が、私の一日の終わりの合図になったのは、いつからだっただろう。

仕事は相変わらず慌ただしくて、あれやこれやと気を張る毎日。
上手くいってるとはいえ、疲れはじわじわと体に染みついて、帰宅する頃にはヘロヘロで。
靴を脱ぐだけでも『はぁ〜……』って、思わず声が漏れてしまうほど。

でもね、玄関のドアを開けたその瞬間——

「にゃーん」

ひときわ高い声が、まっすぐに届いてくる。
その声が、どれだけ私を元気にしてくれたか。

最初は“はな”だけだったんだ。
足元まで駆け寄ってきて、尻尾をふんわり絡めながら「おかえり」って言ってくれている様で。

でも、数日経った頃からかな。
フッと気づいたら、“はな”のちょっと後ろにもうひとつ、小さな影ができてたの。

“ぶん”だった。

まだ完全には心を開いてないけど、押し入れに隠れることは減って。
昭和の夫婦みたいに、ひと足だけ“はな”の後ろに控えてる感じで、こっそり覗くようにして玄関の様子を伺ってた。

これが、かわいいったら、もうw。

『ぶん、ただいま。(出てきてくれたんだね)』

そう声をかけると、彼は目だけで答えてくれるの。
まるで、「まぁ、別に……迎えたわけじゃないし?」って、照れ隠しのような視線で。

で、その足元では“はな”が堂々と主張してくる。

「ねぇ、ごはんー。おいしいやつぅ〜」
って、まるで歌でも歌うように、玄関でスリスリしながらねだってくる。

『はいはい、わかってるよ。“おいし〜の”ね。』

私がキッチンへ向かうと、ふたりもぞろぞろとついてくる。
でも“ぶん”は途中で立ち止まるの。
テーブルの下や、リビングの隅っこでじっと私の様子を見ながら、出てくるごはんの気配をうかがってる。

『今日のメニューは……はい、焼きかつお!』

『はな〜、ぶん〜、ごはんだよ〜』

お皿を並べると、“はな”はもう全速力。
ガツガツ、もぐもぐ、ぺろぺろ……一瞬で完食。

そして次の瞬間には、となりの“ぶん”の皿にスライド移動。

『ちょ、はな、それぶんの!』

声をかけても、ふり返るだけで口は止まらない。
まるで「心配いらないよ、美味しくいただいてるから」って顔で、モグモグ、ゴックン。

“ぶん”はというと、というと……

「……」

小さく距離をとって、なんなら座り直しちゃってるし。

そんなやり取りが、うちの日常。
いわば、うちの“ごはん戦争”。

そのあと、仕切り直して“ぶん”の分をそっとぶんのところまで持っていくと。
でもそこでも、“はな”がわたし越しに

「わたしのぶん、忘れてるよぉ〜〜」

って雰囲気で鳴くんだよね。
いや、あげたってば汗。

お腹いっぱいになった“はな”は、満足そうに自分のベッドにぽふっと乗っかって。
“ぶん”はというと、定位置にすっと戻っていく。
押し入れの隅とか、テーブルの下とか。
まるで「ぼくはここでいいから」って言うみたいに。

完全に慣れてるわけじゃない。
でも、ちゃんとここを自分の居場所として受け入れてくれてる。
その気配を感じるだけで、私は胸があったかくなる。

『明日も仕事か……がんばろ』

私はそうつぶやいて、ふたりの寝息を聞きながら、
あたたかい空気の中、静かに目を閉じる。

それが、私の一日の締めくくり。

ちょっと不器用で、やさしい小さなねこと一緒に。
今日も、ほんのり幸せだった。

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