【ふたりといた時間】第6話:ねこの夢薬(ゆめぐすり)

短編小説

『ただいまー……あれ?』

玄関を開けた瞬間、ちょこんと座っていたのは――はなだった。
目をこすりながら、まだ夢の中にいるような顔で、ふわっとこちらを見上げる。

『寝てたでしょ?w』

はなは小さくあくびをして、あとは無言でしっぽだけふるふる。
そのまま、ふらふらと猫ベッドへ戻っていく。その足取りは、どこかゆるやかで頼りない。

ぶんの姿は見えない。
押し入れかな……と襖を開けると、やっぱり。
布団の奥深く、くにゃりと身体を沈めて、ぶんがこっそりこちらを覗いていた。

その夜は、ふたりとも、やけに静かだった。
ごはんの器は少ししか減っていない。でも、おいしーの(パウチ)は完食。
つまり、食欲ゼロじゃない。でも、なにかが、いつもと違う。

『大丈夫かな……どこか具合でも悪いのかな。とりあえず、ちょっと様子をみよう』

そう言いながら電気を消すと、ふたりはそれぞれの場所で、すぐにスースーと眠りに落ちていった。
たまに、はなが寝言みたいに「んにゃ」ってつぶやいたり、
ぶんが足をピクピクさせながら、かすかないびきをかいたりして。

猫も夢を見るんだろうか。
この夜ふたりが見ていた夢――ちょっとだけ、覗いてみよう。


✧ はなの夢 ✧

――カサッ。

あの音だ。ケースから袋を取り出す音。
おいしーのの袋が開く、あの独特の音。

『はなー、ごはんだよ』

呼ばれる前から、もう分かってる。
今日はきっと、あれだ。まぐろのやつ。
シーチキンみたいな、あの香りがふわって広がる、あれ。

ぺろっ。
うん、やっぱり、これこれ。
夢の中なら、何度でもおかわりできるし、誰にも「太るよ」なんて言われない。

ごはんの夢。
これはもう、はなにとって最高のごちそうw。


✧ ぶんの夢 ✧

――ふかふかの道を、ぶんがてくてく。
どこか知らないけど、どこか懐かしい匂いのする場所。
風が気持ちよくて、木漏れ日がやさしい。

植木の陰から、はなみたいな猫がちらっと顔を出して、にゃっと笑った。

「こっちー」

ぶんは何も言わず、するっとそのあとを追いかける。
急ぐでもなく、のんびりでもなく。ふわふわ、てくてく。
冒険というより、ただの優雅な散歩。ぶんらしい夢の見方。

そして、現実のぶんは――
押し入れの中で、足をピクッ、ピクピク。
口元からは、ちいさな寝息。「すー、すー……」

あの日、ふたりはきっとちょっとだけ、夢のなかに避難していたのかもしれない。


朝になると、ふたりともすこしだけ元気になっていた。
はなはごはんの場所へまっすぐ向かって、器をくんくん。
ぶんは押し入れからのそっと出てきて、いつものように毛づくろいをはじめる。

『うん、大丈夫そうだね。猫って寝て治すんだね。』

私がコーヒーをいれる頃には、ふたりとももう窓辺でひなたぼっこを始めていた。ちょっとした不調も、夢の中で少しずつほどけていくのかもしれない。

猫の風邪の治し方――
それは、よく寝て、よく夢を見ること。
そして朝になったら、ふつうの顔でまた、ふたりで戻ってくること。

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