秋の気配が、部屋の隅っこにまで染み込んできたころ。
我が家では、季節の変わり目ならではの——小さな騒動が起きていた。
リビングの一角に、ひとつの段ボール。
引っ越しのときに使ったそれが、なぜかずっと居座っている。ほんとはもう、とっくに片付けてるはずだったのに。
けれど今、その段ボールは完全に”はなとぶんの要塞”になっていた。
はなとぶんが、交代で中に入り、うとうととまどろみ、時には中でじゃれ合って、猫パンチの応酬。
特に夕方。私がキッチンで夕食の準備をしている間に、すでにふたりとも“入城”し、くつろぐということが多かった。
今朝もそうだった。
リビングに戻ると、床にはふわふわの猫毛が、小さな雪山みたいに積もっていた。その雪山に積もっていた猫毛の一部を身に付けて、はながご機嫌にソファで丸くなっている。
ぶんはというと、段ボールの中からひょっこり顔だけ出して、じーっとこっちを見ていた。
『……うわぁ、また毛だらけ……』
私は苦笑いしながら、コロコロを取りに立ち上がる。
『ねぇ、そろそろこの段ボール、片付けたいんだけどな〜』
そう言ってみたものの。
はなは顔だけこちらに向けて、「にゃあ」とひと鳴き。
ぶんは段ボールの縁に前足をぴょん、と出して、トントンと叩いてみせた。
まるで「それでも、ここは僕たちのお城だもん」って言ってるみたいに。
段ボールはもう、毛だらけ。触れるたびに、ふわっと舞い上がる。
掃除機をかけても、吸い込み口が猫毛で詰まってしまうほどに。
でも、こんなに気に入ってるなら——強引に捨てるのも、なんだか忍びなくて。
そんなある日。
いつもの如く、掃除機のスイッチを入れたその瞬間——「ブウウウウ……」という音と同時に、はなとぶんがびっくりして、段ボールから飛び出してきた。
そのあとに見えた段ボールの中は……想像以上。毛、毛、毛。夢の毛まみれランド。
『……はいはい、分かったって』
私は深呼吸して、ない頭をフル稼働させて考えた。
『新しい“お城”、作ってあげますよ』
その夜。
ホームセンターへ行って、押し入れにぴったり収まる猫用ケースと、ふかふかのクッションを購入。帰宅してすぐ、押し入れの一角にケースを置いて、クッションをセット。あとは、ふたりにお披露目するだけ。
『ほら、見て。新しいお城だよ〜』
はなが先に、ぴょこんと飛び込んだ。
「にゃ〜ん!」とご機嫌に鳴いて、クッションの上でごろーんとひと伸び。
ぶんはちょっと慎重に、くんくんと匂いを嗅ぎながら、そろそろと中へ。
やがて、ふにゃっと横になって、目を細めた。
翌日から、念願の押し入れという事もあり、ふたりはすっかり“新しいお城”に夢中。昼でも夜でも、ちょっとやそっとじゃ起きないほど、ぐっすりと眠っている。
段ボール城の撤去は、少しだけ寂しかったけど——
今、押し入れの中には、毛だらけじゃない。でも、あたたかさと安心感で満ちた新しい王国がある。
ふたりの、すうすうと寝息が響く静けさの中で。
私は、静かに秋の深まりを感じていた。
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