【ふたりといた時間】第21話:にゃんこ通訳、はじめました

短編小説

名前を呼ぶと、返事が返ってくる——
そんな日が来るなんて、思ってもみなかった。

『はな〜』
『ぶん〜』

そう呼ぶと、それぞれがちゃんと、自分の名前に反応して顔を出すようになった。呼ばれていない方は、耳だけぴくっと動かして、そのまま寝ていたりする。

なんだか人間の言葉が通じているみたいで、すごく嬉しかった。

ある日、リビングにいて『ぶーん』と呼んだら、
階段の上から、とととっとぶんが降りてきた。
まっすぐ私のところまで来て、「なあに?」とでも言いたげな顔で、
すんすんと足元のにおいをかいで、ぺたんと座る。

その数秒後、『はなー』と呼んでみたら、
今度は別の部屋から、ぴょこんと顔を出して、
のそのそと歩いてくる、はな。

——名前って、ちゃんと届くんだ。

そう思った瞬間、胸の奥がふわっとあたたかくなった。

おもしろいのは、ごはんのとき。

“おいし〜の”をふた皿、それぞれの前に置いても、
はなはなぜか、ぶんのお皿に顔を突っ込もうとする。
どっちも中身はまったく同じなのに(笑)

『はな?ぶん?どっちも一緒だよ〜』

そう声をかけると、はなはちょっと首をかしげて、
「あ、そっか」みたいな顔で、自分のお皿に戻る。

たぶん、うすうすは分かってるんだろうけど、
私がそう言うことで、なんとなく安心するのかもしれない。

最近は、『おいし〜のだよ』って言うと、
はなとぶん、ふたりそろって、どこからともなく飛んでくる。

寝てたはずなのに、なぜかその言葉だけはすぐに届く。
——音のトーンか、発音か、それとも“気配”なのか。
それは私にもわからない。

でも、ふたりはちゃんと”わたしの言葉”を聞いて、
自分なりに考えて、そして動いてくれている。

通じ合うって、こういうことなのかな。

私はまだまだ“にゃんこ語”は下手くそだけど、
少しずつ、少しずつ、はなとぶんの目を見れば、
お互いの気持ちが分かるようになってきた気がする。

まるで、にゃんこ通訳になったみたいに。

——なんて、ちょっとだけ思ってるのは、たぶん私だけだけど(汗)。

でもね。
名前を呼べば来てくれる、その一瞬の距離感が、
私はとても愛おしい。

今日も、ふたりの名前を呼ぶ。
ただそれだけのことが、こんなにも嬉しいなんて。

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