朝のリビングは、いつも通りだった。
窓際から差し込む陽だまりの中で、はなはスフィンクス座りのまま、じっと外を眺めている。
ぶんは、私の足元でのびをしていた。
私はテーブルに新聞を広げて、湯気の立つマグカップをそっと置く。
ぶんは、お決まりのように膝の上へ。すっかりこの場所が“自分の席”だと思っているらしい。
はなもやってきて、新聞の隅っこをふみふみ。撫でてほしい合図だ。
新聞タイムは、いつもと変わらない。
夜は夜で、お風呂上がりに“おやすみナデナデ”の時間があって、
それぞれお気に入りの場所で、ごろんと転がる。
——それだけで、十分だった。
ふたりがここにいてくれるだけで、
それがどれほど満ち足りた時間なのか、私はちゃんとわかっていた。
『きっと、これがずっと続く』って思ってた。
本気で、そう思っていた。
でも、ふたりは少しずつ、静かに変わっていたのかもしれない。
はなは最近、キャットタワーの中段ばかりを選ぶようになった。
てっぺんまで駆け上がる姿を、いつから見ていないだろう。
ふとした瞬間、足元が少しふらついて見えることもあった。
ぶんも、追いかけっこをあまりしかけなくなった。
押入れの奥やこたつ、テントの中で、
ひっそりと身を隠すように寝ていることが増えた。
まるで、いつも隠れん坊をしているみたいに。
ある日、ふと気がつくと、はなが窓辺でじっと外を見ていた。
春の風がカーテンを揺らし、光がやわらかく差し込んでいる。
けれど、はなはぴくりとも動かず、どこか遠くを見つめていた。
『はな?』と呼びかけた。
返事はなかった。
近づいて、もう一度『はな』と声をかけたとき、
ようやくこちらを見て、小さく「にゃ」と鳴いた。
その声が、どこか遠くのほうから聞こえた気がした。
いや、きっと気のせいだ。
そう思いたい自分がいた。
窓の外は、あいかわらず平和だった。
ふたりの姿も、そこにある。
私の手の届くところに。
でも、ほんの少しだけ、胸の奥に
波紋のようなものが静かに広がっていた。
これが、「予感」というやつなのだとしたら——
どうか、もう少しだけ、時間をください。
私は、まだ、心の準備ができていないから。

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