はなは窓辺に座って、外を眺めている。
いつもの、スフィンクス座りで。
でも——
なぜだろう。
今日のその姿が、ほんの少しだけ、気になった。
🟩第3章:変化の気配(26~35話)
夕ごはんの用意をしていると、
ぶんが小さく鳴いて台所までやってきた。
眠そうな顔で足元をうろうろ。
そして、定位置の“ごはんマット”の前に、ちょこんとおすわり。
いつもと同じ光景。
そのはずだった。
……でも。
はなが、なかなか来ない。
『あれ? はなー?』
そう呼びかけて、ふとリビングのほうをのぞく。
階段の上に、はなの姿があった。
そして、ゆっくり——ほんとうにゆっくり、
足元を確かめるように、バランスを取りながら、
一歩ずつ階段を降りてきた。
『……あれ?』
思わず声が漏れる。
ほんの少し、よろめいたその姿に、胸の奥がざわりと揺れた。
ごはんのあと、はなは押し入れのベッドに戻って、丸くなっていた。
目を細めてじっとしている姿は、
「そっとしておいて」とでも言いたげな空気をまとっている。
ふと、私は今日の一日を思い返す。
はなとぶんがたまにするスフィンクス座りは、
ただ気持ちがいいからじゃないって——
どこかで、そんな話を聞いた気がした。
——体調が悪いときにも、スフィンクス座りをすることがあるって。
『気のせいだよね』
そう思いながら、私はそっと押し入れの中のはなに寄り添う。
声をかけると、はなはかすかにしっぽを揺らした。
それだけで、なんだか安心してしまう自分がいた。
……でも、
胸の奥では、静かに違和感が広がっていた。
『元気そうに見えるし……』
『食欲もあるし……』
『きっと今日は、ちょっと疲れてただけ』
そう言い聞かせるように、私はソファに座り、ぶんを膝にのせた。
ぶんは、私の顔を見上げて「にゃ」と鳴く。
そのまま喉を鳴らして、丸くなる。
その音を聞きながら、私は押し入れのほうに目をやった。
——はなは、再びスフィンクス座りになって、こちらを見ていた。
その目は、どこか遠くを見ているようでもあり、
でもやっぱり、ちゃんと、私のことを見ているようでもあった。
——スフィンクス座りの違和感。
それは、風の中にまぎれて聞こえる足音のようだった。
ほんのかすかな気配だけど、
確かに、何かが近づいている。
そんな気がした。
『大丈夫だよね』
『まだ、平気だよね?』
願うように呟いたその声は、
部屋の静けさの中に、すっと消えていった。

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