【ふたりといた時間】第30話:大丈夫と言えた夜

はなとぶんの時間

「長くはないかもしれない」

亜希子さんが、はなとぶんを託してくれたとき、
はなについてそう言ったのを、ふと思い出した。
まさか、その言葉をこんな場面で思い出すなんて……。

命の尊さを、まさかこんなかたちで理解するなんて——。

その言葉がふいに脳裏をよぎった瞬間、
胸の奥がぎゅっと締めつけられて、
目に、冷たい涙がにじんだ。


その日は、何でもない、ただの夜だった。

私は夕飯を済ませて、ひとりの時間を満喫していた。
そのときだった。お風呂場のほうから、聞いたことのない声が響いた。

「ニャアア〜! ニャアア〜!」

鋭くて、苦しそうで、叫ぶような声だった。
一瞬で心臓が跳ね上がる。

慌てて駆け寄ると、はなが小さな体を震わせながら、倒れていた。

信じられなかった。
何が起きているのか、頭がついていかない。

ただ本能のように、はなを抱え込むようにして撫でていた。


『大丈夫。大丈夫だよ、はな』
(怖くない、怖くないよ。そばにいるから、誰も近くに寄らせないよ。)

何度も、何度も言い聞かせるように、私は声をかけた。
震えていたのは、はなだけじゃなかった。私の方も同じだった。

でも、不思議だった。

私は叫ばなかった。
取り乱さなかった。
涙も出さなかった。

ただ、心の底から、はなに伝えたかった。

『大丈夫だよ、はな』


その想いは、願いなんかじゃなかった。
現実を知ってしまった上で、それでも寄り添うための、
私なりの“覚悟”の言葉だった。

私は、ようやく気づいたのかもしれない。
はなとのお別れが、もうすぐそこまで来ていることに。
そして同時に私は、そのお別れにちゃんと向き合う準備ができていたということに。


はなは、私の胸の中で、小さく、小さく、呼吸を整えていった。

その姿を見ながら、私はただ黙って、頭を撫で続けた。

『怖くないよ、はな。大丈夫。ずっとそばにいるから』

この先、何があっても。
私はもう、はなから目を逸らしたりはしない。

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