「長くはないかもしれない」
亜希子さんが、はなとぶんを託してくれたとき、
はなについてそう言ったのを、ふと思い出した。
まさか、その言葉をこんな場面で思い出すなんて……。
命の尊さを、まさかこんなかたちで理解するなんて——。
その言葉がふいに脳裏をよぎった瞬間、
胸の奥がぎゅっと締めつけられて、
目に、冷たい涙がにじんだ。
その日は、何でもない、ただの夜だった。
私は夕飯を済ませて、ひとりの時間を満喫していた。
そのときだった。お風呂場のほうから、聞いたことのない声が響いた。
「ニャアア〜! ニャアア〜!」
鋭くて、苦しそうで、叫ぶような声だった。
一瞬で心臓が跳ね上がる。
慌てて駆け寄ると、はなが小さな体を震わせながら、倒れていた。
信じられなかった。
何が起きているのか、頭がついていかない。
ただ本能のように、はなを抱え込むようにして撫でていた。
『大丈夫。大丈夫だよ、はな』
(怖くない、怖くないよ。そばにいるから、誰も近くに寄らせないよ。)
何度も、何度も言い聞かせるように、私は声をかけた。
震えていたのは、はなだけじゃなかった。私の方も同じだった。
でも、不思議だった。
私は叫ばなかった。
取り乱さなかった。
涙も出さなかった。
ただ、心の底から、はなに伝えたかった。
『大丈夫だよ、はな』
その想いは、願いなんかじゃなかった。
現実を知ってしまった上で、それでも寄り添うための、
私なりの“覚悟”の言葉だった。
私は、ようやく気づいたのかもしれない。
はなとのお別れが、もうすぐそこまで来ていることに。
そして同時に私は、そのお別れにちゃんと向き合う準備ができていたということに。
はなは、私の胸の中で、小さく、小さく、呼吸を整えていった。
その姿を見ながら、私はただ黙って、頭を撫で続けた。
『怖くないよ、はな。大丈夫。ずっとそばにいるから』
この先、何があっても。
私はもう、はなから目を逸らしたりはしない。

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