【ふたりといた時間】第34話:手の中の命の重み

はなとぶんの時間

はなは、もう、今までみたいには歩けなくなってきた。
ゆっくりなら歩ける。だけど、すぐに座り込んでしまう。
ふらついて、転んでしまうこともある。

ほんの少しの移動も、きっと今のはなには冒険だ。
だから私は、ある日、そっとはなを抱き上げた。

『ちょっと、お散歩しようか』

家の中だけど、腕の中での“抱っこ散歩”。
それは、はなにとっても、私にとっても、新しい時間のはじまりだった。

はなは、もともと抱っこが苦手だった。
体を預けるのが好きじゃなくて、すぐに「いや」って顔をして逃げていた。
でもこの日は逃げなかった。
ちょっと戸惑ったような顔をしながらも、私の腕の中でじっとしていた。

——あれ?なんだか、軽い……。

そう思った瞬間、胸がきゅっと締めつけられた。
前よりもずっと、軽くなっている。
たぬきみたいに丸かった体は、今では骨ばっていて、驚くほど痩せていた。

でも、その“軽さ”の中に、確かな命の重みがあった。
しがみつくように、小さな前足が私の腕にふれていた。

『ほら、ここタンスの上。のぼったことなかったでしょ?』
『こっちはドライフラワー。壁の匂いもちょっと違うよ』

そう言いながら、私ははなを抱えて、家のあちこちを歩いた。
はなは、目をまるくしてキョロキョロ。
高いところから見る景色が新鮮なのか、匂いを嗅ぐ仕草を何度もしていた。

まるで子猫みたいに、少し興奮しているのが伝わってきて、私はつい笑ってしまった。

『楽しいね、はな』
『知らなかった景色、いっぱいあるね』

その瞬間だけは、はなも“弱っている子”じゃなくて、
ちゃんと“冒険している子”だった。
体は細くなっても、心はまだまだ、いろんなものを感じてる。
ちゃんと、生きてるんだ——そう思えた。

でも、ふとした瞬間、涙がこぼれた。
笑っているのに、涙が出た。
この子を抱きながら、泣かないつもりだったのに。

だって、今ここにいるはなは、
ちゃんと呼吸して、ちゃんと景色を見て、ちゃんと生きているのに。

『はな、本当は寂しいし、こわいよ。
もうすぐ、はながいなくなるなんて——
なんだよ、頭の病気って……身体は元気なのに。
強制終了させられてるみたいで……ごめんね、はな』

そんな後悔と、どうしようもない悔しさが、心の中で膨れ上がる。
私は思わず、ぎゅっと腕に力をこめた。

抱っこって、こんなに切なくて、あたたかいんだ。

その日から、はなとの“抱っこ散歩”が、私たちの新しい日課になった。

いつもの部屋も、はなの目線ならちょっと違って見える。
ふたりで見る世界が、また少し広がっていく。

この子の手の中に、ちゃんと“今”があることを、私は忘れないようにする。

——命の重さって、軽くなっていくものじゃない。
むしろ、軽くなればなるほど、心にずっしりと響いてくる。

はなを抱いている時間、私はそのことを、何度も思い知らされる。

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