【ふたりといた時間】第46話:腕の中で眠るように

はなとぶんの時間

私はそっと、ぶんを抱き上げた。
痩せた身体は、まるで羽のように軽かった。
それでも、確かに生きている温もりが腕の中にあった。

ぶんの呼吸が、少しずつ浅くなっていった。
腕の中で右に、左にと動かしていた体が、やがて止まり
小さな胸が、かすかに上下するのが見える。

『ぶん……もう大丈夫だよ。大丈夫。』

そう声をかけながら、背中をゆっくり撫でた。
そのたびに、かすかな呼吸の音が、私の胸のあたりで震えた。
あの、はなのときと同じ感触だった。

時間が、止まっているようだった。
秒針の音も、外の風の気配も、何も聞こえない。
ただ、ぶんの小さな心臓の鼓動だけが、私の掌の中でトクン、トクンと打っていた。

——そして。

その音が、静かに、ゆっくりと、止まった。

泣き声は出なかった。
涙だけが、ぽたぽたとぶんの毛に落ちていった。
腕の中で眠るように、ぶんは逝った。
本当に、眠っているみたいに、穏やかな顔だった。

『ぶん……ありがとうね。』

私は頬を寄せて、何度もその名前を呼んだ。
はなと同じように、最期の瞬間を腕の中で迎えさせてくれた。
——あの子たちは、どちらも私に“別れの時間”をくれた。

不思議なことに、ぶんの温もりは、すぐには消えなかった。
抱きしめていると、まだ生きているような気がして、
腕の奥からじんわりとあたたかさが伝わってくる。

『ぶん。甘えん坊のぶん……』

そのぬくもりが胸の奥に滲みて、
もう離したくないと思った。

けれど、ぶんはもう、静かに旅立っていた。
眠るように。やさしく、穏やかに。

私はその夜、灯りを落として、
ぶんを毛布でくるみながら、そっと声をかけた。

『おやすみ、ぶん。
また、明日ね。』

静かな部屋の中で、
ぶんの残したぬくもりだけが、
まだ確かに、私の腕の中にあった。

そして今も——
あの子は、私の心の中でちゃんと息をしている。

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